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神戸地方裁判所 昭和57年(行ウ)5号 判決

姫路市八代七二五番地の二

原告

宗行龍之祐

同市北条二五〇番地

被告

姫路税務署長

尾谷忠信

被告指定代理人(両事件)

田中治

井上勝比佐

大西富郎

第五号事件被告指定代理人

森辰夫

細川健一

第二八号事件被告指定代理人

宮谷節

土屋一範

主文

原告の第五号事件請求を棄却し、第二八号事件の訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(第五号事件)

訴外右京税務署長が原告に対して昭和五五年六月一一日付でした、原告の昭和五四年分所得税について過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

(第二八号事件)

訴外右京税務署長が原告に対して昭和五五年六月二五日付でした、原告の昭和五四年分所得税についての過少申告加算税に関する延滞税賦課決定処分を取り消す。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

(第五号事件)

1 本件処分に至る経緯

(一) 原告は、その所有にかかる姫路市本町六八-一〇六所在の宅地八三・七〇平方メートル及び同地上のコンクリートブロック造り陸屋根平屋建事務所三六・九五平方メートル(以下、「本件物件」という。)の売却につき、当時の原告住所地である京都市右京区梅津尻溝町八番地を所轄する訴外右京税務署(以下、「右京税務署」という。)長から昭和五五年二月一九日又は二〇日に来署して説明するようにとの葉書による来署依頼の通知を受けた。

(二) そこで、原告は、本件物件の売買契約書、買換物件に関する売買契約書及び賃貸借契約書並びに本件物件の共有者の一人で、原告の弟である訴外宗行万之助から送られてきた譲渡内容兼計算明細書などの必要書類を携えて、同月二三日の午前中、右京税務署を訪れた。

そして、原告は、同署担当係員に対し、本件物件及び買換物件に関する説明をしたり、同係員から質問を受けたりしたあとで、同係員から同署備え付けの譲渡所得計算明細書(以下、「本件明細書」という。)を交付されるとともに、本件物件の譲渡所得の確定申告は、この明細書に従って行うべきこと及び税務署は、同明細書に基づいて右所得を判断する旨を告知され、原告はこれを了承した。

(三) その後、原告は、昭和五四年分所得税につき、法定期限内に右京税務署長に対し、確定申告(以下、「本件確定申告」という。)をし、次いで、昭和五五年五月三一日右確定申告に関する修正申告(以下、「本件修正申告」という。)をしたところ、同税務署長は、同年六月一一日付で原告に対し、二万円の過少申告加算税賦課決定処分(以下、「本件処分」という。)をした。

2 本件処分の違法

しかしながら、本件処分は、国税通則法(以下、「通則法」という。)六五条の解釈、適用を誤った結果、原告には本件確定申告につき、同条二項所定の「正当な理由」及び同条三項の事由があるにもかかわらず、これを認めなかったものであり、違法である。

(一)(1) 原告が右京税務署で交付を受けた本件明細書は、〈7〉欄の「代りの資産の買取り価額」を「代りの資産の買取り価額のうち、その償却可能な部分の価額」の意味に解して記載することを要求するものであるが、本件明細書には、その旨の説明は何も記載されていない。

従って、本件明細書は、租税特別措置法(以下、「措置法」という。)三七条の適用を受けるための提出書類としてはは、明らかに不完全なものである。

(2) ところが、右京税務署担当係員は、このように不完全な本件明細書につき、原告に対して何らの説明を行わず、単に「これに従って提出されたい。」との指示をし、「提出されたものについて検討する。」と述べたのみであるから、これは明らかに誤った指導というべきである。そして、その結果原告は、本件明細書に誤った記載をして譲渡所得の計算を誤り、これに基づいて本件確定申告をした。

(3) 従って、右計算の誤りは、右京税務署担当係員の誤った指導によるものである。

(二)(1) 原告は、本件確定申告後、右京税務署長の右計算の誤りの指摘により、本件修正申告を行った。

(2) ところで、同署長は、原告の昭和五四年分の所得税につき、本件確定申告後の昭和五五年三月二八日付で三九万八、六〇〇円の還付金の還付を行っている。

(3) 前述のとおり、右京税務署担当係員は、本件物件の譲渡所得については本件明細書に従って記載し申告するよう指示し、提出されたものについて検討する旨述べていたのであるから、還付金を還付された以上、納税者である原告としては、当該確定申告が適正であったと信ずるのは当然であり、原告が自ら修正申告をするようなことは期待不可能というべきである。

(4) また、本件では、右京税務署長が本件確定申告書及び添付書類を検討すれば、還付金を還付すべき事案ではないことが容易に判明し得たはずであり、右京税務署長が還付金の還付さえしなければ、原告は、本件確定申告後、遅くとも一か月程度の間に自ら修正申告をしたはずである。

(三) よって、本件では、原告が本件確定申告の際に計算の誤りをしたことについて、通則法六五条二項所定の「正当な理由」が、また、原告が右京税務署長の指摘によって本件修正申告をしたことについて、同条三項が、それぞれ適用されるべきである。

3 原告は、昭和五六年五月二日以降は肩書住所地に居住しているので、その納税地を所轄する税務署長は被告である。

4 よって、原告は、本件処分の取り消しを求める。

(第二八号事件)

1 処分の存在

原告は、第五号事件請求原因第1項記載のとおり、昭和五四年分所得税につき、法定期限内に右京税務署長に対して確定申告をしたところ、同税務署長は、昭和五五年六月一一日付で原告に対し、二万円の過少申告加算税賦課決定処分をし、次いで、同月二五日付で原告の昭和五四年分所得税(修正申告分)に関し、六、四〇〇円の延滞税賦課決定処分(以下、「本件延滞税賦課決定処分」という。)をした。

2 本件延滞税賦課決定処分の違法

しかしながら、本件延滞税賦課決定処分は、第五号事件請求原因第2項(一)ないし(三)記載のとおり、右京税務署担当係員の誤った指導並びに措置法三七条一項及び通則法六五条一項の解釈の誤りによってされたものであるから、違法である。

3 第五号事件請求原因第3項記載のとおり、原告の住所地を所轄する税務署長は被告である。

4 よって、原告は、本件延滞税賦課決定処分の取り消しを求める。

二  本案前の答弁の理由(第二八号事件について)

1  延滞税は、納付すべき国税(本税のみであり、附帯税を除く。)があり、これを法定納期限又は具体的納期限までに完納しないとき当然に納付義務が成立するものであり(通則法六〇条)、右納付義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき延滞税の税額が確定するものである(同法一五条三項八号)。

2  すなわち、延滞税については、何らの賦課処分もされないから、これをもって行政事件訴訟法三条二項所定の処分と解することはできない。

3  従って、本件訴えは不適法である。

三  本案前の答弁の理由に対する認否

争う

四  請求原因に対する認否(第五号事件)

1  請求原因第1項(一)のうち、来署指定日が昭和五五年二月一九日又は二〇日であったこと及び来署依頼通知が葉書であったことは否認し、その余の事実は認める。同項(二)の事実は否認する。同項(三)の事実は認める。

2  請求原因第2項について

(一) 同項冒頭部分のうち、本件処分が通則法六五条二項所定の「正当な理由」及び同条三項の事由を認めなかったことは認め、その余の主張は争う。

(二) 同項(一)の(1)のうち、本件明細書が不完全なものであるとの主張は争い、その余の事実は認める。同(2)のうち、右京税務署担当係員が誤った指導をしたとの主張は争い、その余の事実は知らない。同(3)の主張は争う。

(三) 同項(二)の(1)及び(2)の各事実は認める。同(3)及び(4)の各主張は争う。

(四) 同項(三)の主張は争う。

3  請求原因第3項の事実は認める。

五  被告の主張(第五号事件)

1  本件処分に至る経緯

(一) 右京税務署長は、原告が昭和五四年中にその所有する本件物件を譲渡したことを知ったので、「譲渡所得の申告について」と題する来署依頼状に昭和五五年二月二八日を来署依頼日と指定して原告宛に送付した。

なお、右文書には、(1)「譲渡所得のあらまし」、(2)「譲渡内容兼計算明細書」、(3)「同明細書の記載例」、(4)「確定申告書(分離課税用)及び同控」、(5)「昭和五四年分所得税の確定申告の手引き」及び(6)「申告書(分離課税用)の書きかた」が同封されていた。

(二) 原告は、昭和五五年三月四日、昭和五四年分の所得税について、別表確定申告欄記載のとおりの確定申告書を提出したので、右申告に基づく還付金額三九万八、六〇〇円(過納税額三一万六、〇〇〇円と予定納税額七万九、〇〇〇円を合計した本税の還付額三九万五、〇〇〇円に還付加算金三、六〇〇円を加えた額)は、昭和五五年三月二八日ごろ原告に還付された。

(三) その後、右京税務署長が右確定申告書を検討したところ、その記載内容に誤りが認められたので、同税務署長は、同年五月二二日を指定して原告に対し、呼出状を発した。

そして、原告は、右呼出状に応じて同月三一日来署し、申告の誤りを認め、同日別表修正申告欄記載のとおり、本件修正申告をした。

(四) 右京税務署長は、右修正申告による納税額と本件確定申告による還付税額との差額を算定の基礎として、同年六月一一日付で別表賦課決定処分欄記載のとおり、本件処分をした。

2  本件処分の適法性

(一) 通則法六五条二項について

(1) 同条項所定の「正当な理由」とは、例えば、税法の解釈に関して申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い修正申告をし又は更正を受けた場合もしくは災害又は盗難等に関し、申告当時損失とすることを相当としたものがその後予期しなかった保険等の支払いを受け又は盗難品の返還を受けたため修正申告し、更正を受けた場合など、申告当時適法とみられた申告がその後の事情の変化により納税者の故意過失に基づかないで過少申告となった場合のように、当該過少申告が真にやむを得ない理由によるものであり、納税者に過少申告加算税を賦課すれば、不当又は酷になる場合をいうものと解されている。

(2) ところで、本件明細書は、措置法三七条の特例措置を受ける場合にのみ使用されるものではなく、種々態様の異なる譲渡所得について、それぞれの場合の計算内容を明らかにするために使用されるものである。

すなわち、同明細書の様式は、その中に「特例適用条文」、「代りに買替え(交換し)た資産の明細」、「収入金額(収用の場合)、(収用以外の場合)」、「必要経費(収用)、(収用以外)」、「特別控除額」などと記載されていることをみても明らかなとおり、措置法三七条の特例措置を受ける場合のほか、所得税法五八条(同種の資産を交換した場合)、措置法三三条(収用等に伴い代替資産を取得した場合)、同法三三条の四(収用等により譲渡し三、〇〇〇万円控除を受ける場合)、同法三五条(居住用財産を譲渡し三、〇〇〇万円控除を受ける場合)などそれぞれの譲渡所得の課税の特例措置の場合にも使用できるように定められたものである。

このように、多数の課税の特例措置が定められており、計算明細書に各特例の適用要件を記載することは技術的に困難であるから、すべての課税の特例措置の要件が逐一記載されていないからといって、原告が主張するように、これを不完全なものであるということはできない。

(3)(イ) 所得税法は、いわゆる申告納税制度を採用し、納税者自らが課税標準を決定し、これに税率を適用して税額を算出し、これを申告して第一次的に確定させるという体系をとっているので、課税庁としては、この制度の趣旨にのっとり、自らの計算に基づいて確定申告を行う納税者のために確定申告用紙とともに、各種説明書類を交付しているのであって、納税者は、これら説明書類によって確定申告書を作成することができるのである。

(ロ) これを原告主張の本件明細書の「代りの資産の買取り価額」欄についていえば、前記説明書類のうちの「譲渡所得のあらまし」と題する小冊子を一読することによって、代りの資産とは事業用減価償却資産であり、当該計算明細書の欄にはその減価償却資産の買取り価額を記載するものであることは、容易に理解できるのである。

(ハ) このように、説明書類の交付を受けている原告が自ら本件明細書を作成して譲渡所得を計算し、本件確定申告をした以上、その計算の誤りの責めは原告自身において負担すべきである。

(ニ) もし仮に、原告がこれら説明書類を何らかの理由により、入手していなかったとしても、右京税務署職員が原告に対し、措置法三七条の「代りの資産の買取り価額」の中に事業用減価償却資産以外の資産(本件では土地部分)が含まれるとの誤った指導を行ったわけではなく、かつ、所得税の確定申告が納税者自身の判断と責任において行う。いわゆる私人の公法行為であることに鑑みれば、原告が自ら提出した確定申告書の記載内容については、原告自身がその責任を負うべきものである。

(ホ) 更に、譲渡内容兼計算明細書は大阪国税局において、本件明細書に代わるものとして作成したものであって、納税者に対し来署依頼状とともに送付し、確定申告書に添付することを求める書類に過ぎないのであるから、納税相談の際に、原告が提示した譲渡内容兼計算明細書の記載内容に何らかの誤りがない限り、右京税務署担当職員において、右明細書に代えて本件明細書を交付し、書替えを求める理由はなく、従って、何らの説明を加えることなく本件明細書を交付するようなことはあり得ない。

また仮に同職員が、何らの説明も加えることなく本件明細書を原告に交付したとしても、何ら誤った指導を行ったわけではなく、前述のように、所得税の確定申告が納税者自身の判断と責任において行う公法行為である以上、本件における計算誤りの責めは原告自身において負担すべきものといわざるを得ない。

(4) よって、本件では、通則法六五条二項所定の「正当な理由」は存在しない。

(二) 通則法六五条三項について

(1) 所得税の還付は、納税者から確定申告書の提出があった場合において、当該申告書に所定の金額の記載があるとき、当該金額に相当する所得税を還付するのであって(所得税法一三八条一項)、給与所得金額、不動産所得金額及び譲渡所得金額等の算出過程までも調査したうえで還付するわけではない。

本件においても、提出された確定申告書に源泉徴収税額一〇二万四、九〇〇円に対し、三一万六、〇〇〇円の控除不足額の記載があることにより、右京税務署において所得税の還付を行ったにすぎない。

(2) ところで、修正申告書の提出があった場合においては、原則として過少申告加算税が賦課されるのであるが(通則法六六五条一項)、通則法六五条三項は、その場合の例外として、その提出がその申告に係る国税の調査があったことにより、その国税について更正があるべきことを予知してされたものでないとき、換言すれば、納税者が自発的に提出した場合に限って過少申告加算税を賦課しないことを定めたものである。

(3) ところで、原告が昭和五五年五月三一日付で右京税務署長に提出した修正申告書は、前述のとおり、原告において、右京税務署の担当職員からの呼出しに応じ、かつ、計算の誤りを指摘されたことによって提出するに至ったものであり、もし仮に原告が右修正申告書を提出しなければ、右京税務署長において当然に更正を行っていたものである。

(4) 従って、本件修正申告書の提出は、まさに、右京税務署長の調査に基づき、更正があるべきことを予想してされたものであって、原告が自発的に提出したものということはできないから、本件について通則法六五条三項の適用される余地はない。

(三) 本件処分の適法性について

(1) 通則法六五条一項によれば、期限内申告書が提出された場合において修正申告書の提出があったときは、当該納税者に対し、その修正申告に基づき通則法三五条二項の規定により納付すべき税額に百分の五の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税を課することとされている。

(2) 本件において、本件修正申告により納付すべき税額は、本件確定申告による源泉所得税の過納税額三一万六、〇〇〇円と本件修正申告による納税額八万五、二〇〇円との差額四〇万一、二〇〇円であるから、その過少申告加算税額は二万円である(なお、加算税計算の基礎となる税額及び加算税額の端数計算は、通則法一一八条三項及び一一九条四項による。)。

3  以上のとおりであるから、本件処分は適法であり、原告の本訴請求は理由がない。

六  被告の主張に対する認否

1  被告の主張第1項(一)の事実は否認する。同項(二)の事実は認める。同項(三)のうち、原告が被告主張のような内容の修正申告をしたことは認め、その余の事実は否認する。同項(四)の事実は認める。

2  被告の主張第2項について

(一) 同項(一)の(1)の主張は争う。同(2)の第三段の主張は争う。同(3)及び(4)の各主張は争う。

(二) 同項(二)の(1)の前段の主張は争う。同後段の事実は否認する。同(2)ないし(4)の各主張は争う。

(三) 同項(三)の(2)の主張は争う。

3  被告の主張第3項の主張は争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一第五号事件について

一  請求原因第1項(三)及び被告の主張第1項(四)の各事実(本件処分の存在)並びに請求原因第3項の事実(被告について)は、当事者間に争いがない。

二  本件処分の適否

そこで、本件処分の適否について検討する。

1  本件処分に至る経緯

成立に争いのない甲第七号証及び乙第三号証、証人福嶋英治の証言(以下、「福嶋証言」という。)により真正に成立したものと認められる乙第一、第二及び第七号証、同証言、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証、同尋問の結果(但し、後記信用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば次の各事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲他の証拠に照らして信用することができず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 右京税務署資産税係では、昭和五四年中に不動産を譲渡した者に対して、昭和五五年一月二〇日前後に右譲渡内容についての照会文書を発送し、これに対する回答を待って、来署日時を予め指定した来署依頼状を発送する取扱いをしていた。但し、右の照会文書を発送したにもかかわらず、回答をしなかった者に対しても、やはり、右来署依頼状を発送している。

この来署依頼状は、「譲渡所得の申告について」という標題で、来署すべき日時及びその際に持参すべき書類などを指定した文書(乙第二号証)であり、これに確定申告書用紙(分離課税用の分、但し、毎年不動産所得の生ずる者については、一般課税用も同封される。)、「譲渡所得のあらまし」と題する小冊子(乙第一号証)、譲渡内容兼計算明細書(乙第七号証)及び「昭和五四年分所得税の確定申告の手引き」と題する小冊子などを同封し、封書で納税者に送付されていた。

なお、この譲渡内容兼計算明細書は、国税庁が統一書式として採用している本件明細書(甲第一号証)とほぼ同一内容の書類であるが、大阪国税局が独自に作成したものであり、右京税務署でも本件明細書に代えてこれを送付していた。

(二) 昭和五四年分の所得税の確定申告に関する納税相談は、昭和五五年二月一六日ごろから同年三月一五日まで行われ、右京税務署の場合、その間に一日平均、平日で一〇〇人前後、土曜日で六、七〇人の納税者が訪れている。そして、この納税相談の場においては、同署の担当者(一二、三人)が確定申告に関する納税者の相談及び質問に応じて説明を行うほか、納税者の求めがあれば、確定申告に関する提出書類を代筆することも行っている。

(三) ところで、同税務署長は、原告に対し、同年一月二五日付で本件物件に関する照会を行うとともに、同年二月二八日に来署するよう通知した。そして、原告は、右来署依頼に応じてそのころ同署を訪れ、本件物件の譲渡に関し、説明を行った。但し、原告は、当時、既に措置法三七条の特例措置について一応の知識を持っていた(もっとも、この時点では本件明細書又は譲渡内容兼計算明細書の〈7〉「代りに買換え(交換し)た資産の価額」欄には、買い換えた不動産の価額をそのまま記載すればよいと考えていた。)ので、本件明細書又は譲渡内容兼計算明細書の記載方法につき、担当職員に質問又は相談を行っていない。

(四) 原告は、同年三月四日、昭和五四年分の所得税につき本件確定申告を行い、この申告に基づく還付金額三九万八、六〇〇円(本税三九万五、〇〇〇円、還付加算金三、六〇〇円)は、昭和五五年三月二八日ごろ原告に還付された(以上の事実は、当事者間に争いがない。)。

(五) ところが、その後右京税務署資産税係で原告の前記確定申告書並びにこれに添付されていた本件物件の譲渡内容及び譲渡所得の計算過程を記載した書面を検討したところ、これらには、措置法三七条の適用について、代りに買換え(交換し)た資産の価額欄に本件買換物件の買取り価額をそのまま記載して譲渡所得を計算した過誤があったので、右京税務署長は、来署日を同年五月二二日と指定して原告に対し、呼出状を発した。

そして、右呼出しに応じて出頭した原告は自己の申告の誤りを認め、同月三一日付で本件修正申告を行った(原告が本件修正申告を行ったことは、当事者間に争いがない。)。

(六) そこで、右京税務署長は、右修正申告による納税額と本件確定申告による還付税額との差額を算定の基礎として、本件処分を行った。

2  通則法六五条二項について

(一) 所得税法は、いわゆる申告納税主義を採用し、納税者自らが課税標準を決定し、これに自らの計算に基づいて税率を適用して税額を算出し、これを申告して第一次的に納付すべき税額を確定させるという体系をとっている。

こうした申告納税主義のもとでは、適正な申告をしない者に対し、一定の制裁を加えて、前記申告秩序の維持をはかることが要請されるが、このような行政上の制裁の一環として、過少申告の場合について規定されたのが過少申告加算税(通則法六五条)である。

従って、こうした申告納税主義、過少申告加算税の趣旨及び別に重加算税(通則法六八条)が定められている点に照らすならば、通則法六五条二項にいう「正当な理由がある場合」とは、例えば、税法の解釈に関して申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い修正申告し又は更正を受けた場合もしくは災害又は盗難等に関し、申告当時損失とすることを相当としたものが、その後予期しなかった保険等の支払いを受け又は盗難品の返還を受けたため修正申告し又は更正を受けた場合など申告当時適法とみられた申告がその後の事情の変更により、納税者の故意過失に基づかずして過少申告となった場合のように、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、こうした納税者に過少申告加算税を課すことが不当又は酷になる場合を意味するのであり、単に過少申告が納税者の税法の不知又は誤解に基づく場合には、これに誤当しないものと解するのが相当である。

(二) そこで、これを本件についてみるのに、前記認定の事実によれば、原告の本件確定申告が過少となったのは、原告において本件明細書の「代りの資産の買取り価額」欄について、これを買取り価額そのものと解した原告の税法の解釈に関する誤解(前掲甲第一、第七号証及び弁論の全趣旨によれば、本件物件は昭和三九年及び同四〇年に取得した土地付賃貸事務所であったこと並びに原告が買換資産として取得した不動産は、京都市南区吉祥院御池町に所在するマンションであることが認められるから、措置法三七条の適用の対象となる買換資産は、同条一項の表一四号の下欄により事業用減価償却資産でなければならないことが明らかであり、従って、「代りの資産の買取り価額」欄には減価償却資産の買取り価額を記載すべきものであった。)に基づくことは明らかである。

ところで、原告は、本件明細書は措置法三七条の特例措置を受ける場合に提出すべき書類としては不完全なものであり、しかも、これについては右京税務署職員から何らの説明を受けていないから、本件につき、なお、通則法六五条二項に該当する事由がある旨主張し、前掲甲第一号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、措置法三七条一項の表一四号に該当する場合には、本件明細の「代りの資産の買取り価額」欄に償却資産の価額のみを記載すべき旨の説明は記載されていないことが認められる。

しかし、弁論の全趣旨によれば、本件明細書は、措置法三七条の特例措置を受ける場合のほか、所得税法五八条(同種の資産を交換した場合)、措置法三三条(収用等に伴い代替資産を取得した場合)、同法三三条の四(収用等により譲渡し三、〇〇〇万円控除を受ける場合)、同法三五条(居住用財産を譲渡し三、〇〇〇万円控除を受ける場合)などそれぞれの譲渡所得の課税の特例措置の場合にも使用できるよう定められていることが認められ、この事実に前述した申告納税制度の趣旨及び右京税務署における納税相談の実情並びに弁論の全趣旨により認められる大量の納税申告の画一的処理の要請に照らすならば、原告が前記第1項(一)記載の各説明書を実際に受領したかどうかはさておいても、本件明細書が使用されるすべての特例措置についての記載方法が逐一記載されていないことをもって、直ちに本件明細書が不完全ないし不備なものであるということはできない。

そして、原告本人尋問の結果によっても、本件明細書の作成の過程において、右京税務署職員が原告に対し、同明細書の記載方法についてことさら誤った説明文は教示をしたというようなことをうかがうことはできず、また、仮に本件について、原告が主張するように、同職員が何らの説明を行うことなく原告に対して本件明細書を交付した事実が存在するとしても、前記認定の事実をあわせ考えるならば、これをもって、同職員が原告に対し、誤った説明又は教示したものと同視すべき事由とすることもできない。

(三) 従って、本件では原告につき通則法六五条二項所定の「正当な理由」を認めることはできない。

3  通則法六五条三項について

(一) 前述した過少申告加算税の制度、趣旨に照らすならば、修正申告書の提出があった場合には当初適正な申告がなかったものとして、原則として過少申告加算税が課されることになる(通則法六五条一項)。しかし、通則法六五条三項は、この場合の例外として、右修正申告書の提出がその申告に係る国税の調査があったことにより、その国税について更正があるべきことを予知してされたものではないとき、すなわち、納税者が自発的に修正申告書を提出した場合に限って、過少申告加算税を賦課しないことを定めたものである。

(二) そこで、これを本件についてみるのに、前記認定のとおり、原告は、本件確定申告の誤りを発見した右京税務署の担当職員からの呼出しに応じて出頭し、その場で計算の誤りを指摘された結果、本件修正申告を行ったものであるから、本件修正申告書の提出は、原告が自発的に行ったものということはできない。

(三) なお、原告は、本件では右京税務署長から還付金の還付を受けたために、同署長から来署依頼の通知を受ける前に修正申告をする方法が閉された旨主張する。

しかし、所得税の還付は、納税者から確定申告書の提出があった場合において、当該申告書に所定の金額の記載があるとき、当該金額に相当する所得税を還付するのであって(所得税法一三八条一項)、これを原告の場合についていえば、給与所得金額及び不動産所得金額並びに譲渡所得金額の算出過程までも調査したうえで還付するわけではない。そして、前掲乙第三号証、福嶋証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件処分当時右京税務署で受理した確定申告書は、まず資産税係で検算し、計算の誤りがないことを確認すれば、直ちに管理係に送り、同係では前述のとおりの還付手続を行い、その後再び当該申告書を資産税係に送付し、同係で当該申告が適法かどうかの検討を行うこと並びに同署は、原告の場合にも提出された確定申告書(乙第三号証)に源泉徴収税額一〇二万四、九〇〇円に対し、三一万六、〇〇〇円の控除不足額の記載があったところから、本件還付手続を行ったものであることの各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上によれば、還付金が還付されたからといって、これがためにその後の修正申告が不可能になるわけではなく、また、被告において、原告が自発的に修正申告をするのをことさら妨害したというようなこともなく、更に、原告において、自発的に修正申告があったものとみなすべき事由があるということもできない。

(四) 従って、本件では原告につき通則法六五条三項所定の事由を認めることはできない。

4  本件処分の適法性

(一) 本件確定申告による源泉徴収税額の過納税額が三一万六、〇〇〇円であり、本件修正申告による納税額が八万五、二〇〇円であることは、当事者間に争いがない。

(二) そうすると、原告が本件修正申告により納付すべき税額は、これらの差額である四〇万一、二〇〇円であるから、これに対する過少申告加算税額は、右税額(但し、通則法一一八条三項により、計算の基礎となる税額は四〇万一、〇〇〇円である。)に通則法六五条一項所定の百分の五の割合を乗じて計算した二万円(但し、通則法一一九条四項により、五〇円を切捨てる。)である。

(三) 従って、原告の昭和五四年分の所得税に係る過少申告加算税額二万円を認めた本件処分は適法である。

三  以上のとおり、本件処分は適法であるから、これを違法とする原告の本訴請求は理由がない。

第二第二八号事件について

一  本件訴えの適否について

1  本件訴えは、右京税務署長が原告の昭和五四年分所得税につき、昭和五五年六月二五日付でした延滞税を納付すべき旨の通知の取り消しを求めるものである。

2  しかし、延滞税は、納付すべき国税(本税のみであり、附帯税を除く。)があり、これを法定納期限又は具体的納期限(例えば、修正申告をした日)までに完納しないときに、当然に納付義務が成立し(通則法六〇条一項)、これと同時に特別の手続を要しないで納付すべさ税額が確定するものであるから(同法一五条三項八号)、右京税務署長が前記の日に原告に対してした延滞税を納付すべき旨の通知は、単に延滞税の申告納付義務が存在する旨の観念の通知にすぎず、これをもって行政事件訴訟法三条二項所定の処分と解することができない。

二  よって、本件訴えは、不適法である。

第三結論

以上のとおり、原告の第五号事件の請求は理由がないからこれを棄却し、第二八号事件の訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上博巳 裁判官 笠井昇 裁判官 田中敦)

(別表)

〈省略〉

(注) △印は「マイナス」を示す。

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